スモーキーなウイスキーが好きになると、気になり出す数値があります。
そう、「フェノール値」です。
「このウイスキー、フェノール値は何ppmだろう?」と気になります。
でも、このフェノール値、じつはあまりあてにならないのです。
それどころか、スモーキーなウイスキーの楽しみを狭めてしまうかもしれません。
フェノール値にあまりとらわれず、一歩進んだウイスキー愛好家を目指しませんか。
ウイスキーの製法の復習
フェノール値をウイスキーの製法と関係づけて説明しますので、製法を一通り復習しておきます。詳しい方はとばしていただいてかまいません。
1.1. 精麦(malting)
精麦とは、大麦から乾燥麦芽(malt)を作る工程のことです。
大麦に水分と酸素を与えると芽が出てきます。
このとき大麦の中のデンプンが糖に。
このままだと、デンプンがすべて発芽に使われてしまうので、乾燥させて発芽を止めます。
この乾燥の燃料として使われるのがピート。
ピートの香りが乾燥麦芽に吸収されます。
1.2. 糖化(mashing)
糖化とは、乾燥麦芽から糖の含まれた麦汁(wort)を得る工程です。
乾燥麦芽を粉砕し、温水を加えて高温に保つと、糖類が溶け出してきます。
この糖類の溶け出した液体が「麦汁」です。
1.3. 発酵(fermentation)
麦汁にアルコール発酵を行い、モロミ(wash)を得る工程です。
麦汁に酵母を加え、糖を二酸化炭素とアルコールに変えます。
この段階では、アルコール分は7%ほど。
このアルコールを含んだ液体を「モロミ」と言います。
1.4. 蒸留(distillation)
モロミを蒸留して濃度の高いアルコールを得る工程です。
蒸留とは、沸点の違いを利用して、混合物から特定の成分を取り出す操作。
蒸留の結果、モロミのアルコール分は60〜70%(2回蒸留の場合)。
この液体が「ニューポット」と呼ばれます。
1.5. 熟成(maturation)
ニューポットを樽に入れて貯蔵することで酒質を整える工程です。
樽の種類や貯蔵年数によって、ニューポットの味や香りにさまざまな影響を与えます。
この結果得られるのが、モルトウイスキーの原酒です。
「フェノール値」があてにならないいくつかの理由
それでは、ウイスキーの製法を確認した上で、フェノール値について説明していきましょう。
2.1. フェノール値は、完成後のウイスキーについてではない
フェノール値は、じつは製麦(上の1.1)の段階で測ったものにすぎません。
ウイスキーの製造過程の中では最初のほうです。
この値が、糖化や蒸留を経て、なんと60〜80%も失われることがあります。
熟成を済ませた後の、モルトウイスキー原酒の段階の数値ではないのです。
2.2. フェノール値はフェノール化合物全体の数値
フェノール値で表されるのは、麦芽に含まれるフェノール化合物全体の濃度です。
フェノール、クレゾール、グアイアコールなどの総称が「フェノール化合物」。
フェノールは薬品臭、クレゾールは消毒液臭、グアイアコールは焦げた臭いなどに関わります。
ですので、いわゆるフェノール値だけでは、どの香りが強いとは言い切れません。
それなら、これらのフェノール化合物の中で濃度が高いものが分かればよさそうですが、そうもいかないのです。
フェノール化合物の中で濃度が高いのはフェノールですが、あまり香りに関わっていないとのこと。
これに対して、クレゾールやグアイアコールは、少しでも香りに影響します。
もとよりフェノール化合物とスモーキーさの関係もまだ未解明な点も多いようですが。
2.3. ポットスチルの形状で酒質が変わる
たとえば、フェノール値が最高のオクトモアを例にとりましょう。
[itemlink post_id="2661"]オクトモアの職人たちは、意図的に酒質が軽めになるポットスチルを選んでいます。
ネック(蒸留釜と冷却装置を結ぶ部分)は背が高くて細い形をしており、蒸留時に重い成分は液体になって釜に戻るので、酒質が軽めになるとか。
ウイスキー職人にとって大事なのは、フェノール値以上に、製品としての香りのバランス。
オクトモア用の麦芽を,異なるポットスチルで蒸留すれば、もっと力強いウイスキーを作ることもできたのです。
オクトモアの種類と味と価格!4銘柄を比較!世界最強ピートウイスキー!?
2.4. カットのタイミングでも酒質が変わる
蒸留時の「カット」を例にとりましょう。
じつは蒸留を済ませたモロミがすべて、ニューポットになるわけではありません。
蒸留の最初の段階や最後の段階に出てきた液体はあまり質がよくないのです。
そこで、質のよい中心部分を取り出すのが「カット」という作業。
ただし、このカットもタイミング次第で酒質が変化します。
タイミングが早いと軽やかな香りに、タイミングが遅いとリッチな香りに。
フェノール値の高い麦芽でも、カットのタイミングによって軽いニューポットを作ることができるのです。
2.5. 熟成時の影響など
フェノール化合物は揮発性があり、熟成時に減ってきます。
一方、熟成時に他の成分が増えてきますので、フェノール化合物の持っていた香りが覆い隠されることも。
もちろん熟成といえば、樽からの影響も見逃せません。
バーボン樽なのかシェリー樽なのか、フィルの回数、使用年数などの違いが、香りや味にさまざまな影響を与えた今、スモーキーさは一つの要素にすぎなくなるでしょう。
まとめ:「フェノール値」だけではもったいない
みなさんはオクトモアを飲んでみて、「思ったほどスモーキーでもなかったな」と感じたりしませんか。
数値だけでいえば、オクトモアはラフロイグの2倍以上のフェノール値です。
[itemlink post_id="2781"]でも、オクトモアがラフロイグの2倍以上スモーキーだとは思えないでしょう。
ウイスキーの作り手は、フェノール値を追求すれば良いウイスキーが作れるとは考えていません。
例えば、アードベッグの作り手はフルーティーさを意識しています。
[itemlink post_id="3083"]フェノール値しか見ていないと、このフルーティーさを見落とすことにもなります。
味や香りなどは目に見えないので、ウイスキーにしっかり向き合わないとつかめません。
フェノール値にとらわれるのをやめて、一歩進んだウイスキー愛好家を目指してみませんか。