「エンジェルズシェア」って何のこと?
日本では天使の分け前とも呼ばれる「エンジェルズシェア」。
それは樽熟成中にウイスキー原酒の量が少しずつ減っていく現象を指す言葉です。
ウイスキーの熟成樽はオークやミズナラなどの木材でできています。
液体が漏れ出さない程度に密閉はされていますが、木材であるがゆえに無数の穴が開いており、まるで呼吸をするように空気などを取り込んでは放出しの循環を、常に繰り返しています。
この現象により蒸発した原酒はほんの少しずつ樽の外に放出され、量が減少していくのです。
これを昔のウイスキー職人たちは、「ウイスキーが天に昇る=天使がこっそり飲んでいるのだ」と考え、「天使に分け前を与えているからこそ、天使の助けもあって素晴らしいウイスキーが出来上がる」とも考えたそうです。なんだかとてもロマンチックな呼び名ですよね。
熟成庫内の温度や湿度、原酒の熟成年数にもよりますが、樽の中で年数を重ねている間、常にウイスキーは蒸発し続け、ストップすることはありません
蒸発する量は、液体と樽が接触する度合いにも関係します。つまり、より小さい樽に貯蔵されたウイスキーほど、液体と樽の接触面積が大きいため、より多く蒸発するというわけです。
また、一般的にエンジェルズシェアが進むと共に原酒のアルコール度数は下がっていきます。水よりアルコール成分のほうが先に蒸発するため、樽内部のアルコールの割合が相対的に減ることで度数が下がるというわけです。
エンジェルズシェアはウイスキーだけでなく、ワインやブランデー、ラム、テキーラなど、樽内での熟成が必要なお酒の全てで起こる現象でもあります。
地域によってこんなに違う!?天使の分け前。
エンジェルズシェア(天使の分け前)によって原酒が揮発するスピード、つまり減ってゆく量は、温度や湿度などの地域特有の条件によって異なります。
スコットランド本土の内地にある蒸留所ではエンジェルズシェアによるウイスキーの減少量は年間2〜3%程度であるといわれています。
一方、同国でもピート香のするウイスキーの産地として世界中のウイスキーファンの聖地となっているアイラ島では、エンジェルズシェアによるウイスキーの減少量は年間1〜2%程度といわれています。
これはアイラ島の熟成庫が海のすぐそばにあり、適度な湿度が一年中保たれることで揮発する原酒の量が少ない為と言われています。
また、寒暖差が大きく一年中空気が乾燥しているバーボンの産地であるケンタッキー州では原酒を樽に入れた最初の1年間になんと約10〜18%も減少するのだそうです。
2年目以降でも年間4〜5%程度減少するそうなので、計算上は10年を超える頃には樽の中身が半分以下になってしまうことになりますね。
このように、冷涼な気候では天使の分け前が少なく、温暖な気候では多くの分け前が必要であることが分かります。
エンジェルズシェアの影響で逆にアルコール度数が上昇する場合も!?
ここまで、エンジェルズシェアによってアルコール度数が下がるとご説明してきましたが、稀なケースではありますが環境によっては逆にアルコール度数が上がるといった現象がみられる場合もあります。
それは熟成庫の最上部に置かれた樽の中で多く起こります。熟成庫内の高い位置で熟成されることにより気温上昇の影響を受けやすくなるのです。
すると、通常ならアルコールが先に蒸発を始めていくところを、水の蒸発スピードが早まることで、アルコールの蒸発量を水の蒸発量が上回り、樽内部のアルコールの割合が相対的に増えることで度数が高まるのです。
これは温暖で乾燥した気候の熟成庫でのみ確認されている現象であり、熟成庫の最上階の温度が50℃〜60℃にまで上昇する事のあるケンタッキー州ではたびたび確認されるようです。
今だに謎だらけ?熟成のメカニズムとは!
樽での熟成期間は、ウイスキー製造における全工程の9割以上を占める大変にウェイトの重い大切な工程です。
その大切な熟成期間に、ウイスキーには以下のような変化が起こるとされています。
美しい琥珀色に変化する
蒸留されたばかりのウィスキー原酒(ニューポット)は無色透明の液体ですが、樽で熟成させることによって、美しい琥珀色に変化します。
これはウィスキーと、樽材の成分であるリグニンなどが科学反応することで起こる現象です。
また、樽に使われる木材の産地もウイスキーの色味に大きな影響を及ぼします。一般的にアメリカ産のオーク材は黄色味の強い褐色に。
ヨーロッパ産のオーク材を使うと赤みが強いウイスキーが出来上がると言われています。
芳醇な香りに変化する
ウィスキーは樽熟成を経ることで、アルコール臭の強いトゲトゲした香りが円くなり、豊かで濃厚な香りを持つようになります。
これは木材の持つ芳醇な香りがウイスキーに移ったり、化学反応が起きたことによる恩恵であると考えられています。
味わいに深みが出て甘くなる
最初は荒々しいエタノールのような味わいのニューポットですが、じっくり樽で熟成させることによって味わいに甘みや深み、複雑味が出てきます。
バーボンでは、オーク樽の内側を焼くことで、木材の内部に含まれるリグニンと呼ばれる物質がアルデヒドに変化します。
このアルデヒド成分を持つ樽に、原酒を入れることで、酸化反応が起こりアルデヒドがシリング酸やフェルラ酸に変化し、そしてバニリン酸などの物質へと変化していきます。
その結果、まろやかでバニラやキャラメルの風味を感じさせるバーボンウイスキーが誕生するわけです。
科学の力で短時間で熟成を再現しようとする動きもある。
現在、世界中のスタートアップ企業の数々が、科学技術を用いた新しい製法によって、従来は数十年かかっていた熟成の期間を大幅に短縮することを目指しています。
ニューヨークに拠点を置き、2003年に創業したTuthilltown Sprits社では、従来は55ガロン(約250リットル)の樽を用いるところを、わずか2~5ガロン(9~23リットル)という小さな樽を使うことで、
原酒が樽に接触する面積を多くし熟成速度を速くする方法を取り入れています。
熟成のスピードを速める事で。これまでは数年かかっていた出荷までの期間を、数か月に短縮することを目標にしているそうです。
また、ヴァージニア州に拠点を置くCopper Fox Distillery社では、熟成樽の中に、表面を火で焦がしたオーク材のチップを投入することで人工的に熟成速度を速める手法を取り入れています。
先程の例と同様、この手法でも原酒と樽の接触面積を増やすことで熟成のスピードを速める事を目指している訳ですね。
現代の科学技術をもってしても、まだまだ謎の多いウイスキーの熟成メカニズム。科学技術での再現に挑戦する人々の試行錯誤にも期待して行きたいですね。
熟成庫には悪魔もいる!?デビルズカットの正体とは?
ウイスキー熟成庫には天使だけでなく、悪魔も住んでいる事をご存じですか?
熟成樽の内側に染み込んだウイスキー原酒。これをデビルズカット【悪魔の取り分】と呼びます。
特にバーボンウイスキーは新品の樽を使うことが法律で決まっているので、ウイスキー原酒を詰めると木材によく染みこんでいきます。この染み込んだ分が【悪魔の取り分】というわけです。
ジムビーム蒸留所では、ウイスキーを取り出した後の樽に水を入れ、樽を揺すって【悪魔の取り分】を抽出し、他のウイスキー原酒に混ぜて味を調整する方法で特許を取得しています。
この製法により製造した「ジムビーム デビルズカット」という商品も販売しています。
通常のジムビームと比べると樽香が濃厚で、ビターな味わいが楽しめるそうです。
【天使の分け前】がわれわれの手に戻ってくることはありませんが、【悪魔の取り分】は味わうことが出来るという事ですね。
天使や悪魔と戦い、時には協力しながらウイスキーを造り続ける職人さん達に思いを馳せながら、今夜のウイスキーを楽しんでみるのはいかがでしょうか?